2.1 気象と気候の正しい理解のために

地球を取り巻く大気層のうち、天気現象として人間生活に関係する高度領域は地球の半径六千数百kmに比べてその僅か0.2%の十数kmに過ぎない。しかしこの薄い層の中に生じる複雑で多様な現象は日常生活の衣食住すべてに関わりをもっている。そのため、気象・気候に関連して使われる言葉や事象には一般の人々にとって馴染みのあるものが多い。

だがそれらを単なる生活上の実用知識として受け止めるだけなら底の浅いものになってしまう。そこからもう一歩踏み込んで、我々を取り巻く地球上の大気現象(気象)を支配している法則や原理にまで遡って考え直してみることは、様々な現象の間の相互関係を理解すると同時に、大自然の奥の深さに触れる楽しみにもつながってくる。

多くの人々は小学校中学校の理科の時間に、身近ないろいろな天気現象について既に多くの事柄を学んできたはずである。折角勉強したことを、通り過ぎたあとに忘れてしまっては勿体ない。そのつもりでもう一度、自分の頭の中の引き出しを整理してみると、意外に新しいことが見えてくるはずである。

ここでは教科書的な知識を網羅して復習することよりも、自然現象を楽しみながら理解することの具体例として、日ごろ馴染みの深い「天気図と気圧」、「台風」および「気候とその変動」について考えてみよう。

 

2.1.1 天気図と気圧

毎日のテレビや新聞で報道される「気象情報」、「天気予報」では、殆どの場合まず日本付近の地上気圧分布図をもとに、明日は大陸からの高気圧が張り出してくるとか南方海上の前線が北上してくるなどの概況に続いて、晴雨寒暖の予測が伝えられる。しかしながら、一切の理屈を抜きに、高気圧なら好天、前線が近づいたら雨、というだけの受け止めかたでは道路交通情報を聞いて車の混み具合を知ることと何ら変りはなくなってしまう。大切なことは表面上の事実(知識)よりもその背景の理解である。

気圧分布を知って天気の予測をすることの背景には近代科学の長い歴史がある。17世紀のはじめ、イタリアのガリレオは有名なピサの斜塔の物体落下実験を通して、物質には地球の引力のため重さがあることの意味を明らかにした。その発展として、空気のような気体もまた物質である以上、重さを持つと考えた。これは当たり前のようにも思われるが良く考えてみれば不思議でもある。気温なら寒暖を肌で感じることができるが、我々を取り巻く空気に重さがあることを身体で実感することは難しい。

ガリレオの弟子のトリチェリは、師の考えを実証するため、上端を閉じたガラス管に入れた水銀が約76 cmの高さで空気全体の重さと釣合うことを示した。これは水銀の比重が水に比べて常温で13.5倍もあるからこの高さで釣合うことになる。同じ実験を水で行なえば1気圧に釣合う水柱の高さは約10 mにも達する。

トリチェリの後を受けて、フランスのパスカルは高さが約1.5 kmの山頂と地上で同時に気圧を測定し、山の上では気圧が低いことを確かめた。これはまさに、気圧が頭上にある空気全体の重さであることを実証したことになる。やがて気圧計はヨーロッパ全土に普及し、17世紀の後半、ドイツのゲーリケは日々の気圧の変化と天気の推移との間に良い対応関係のあることを発見した。気圧が下がれば天気が悪くなる、という事実が経験的に発見された結果、気圧計は晴雨計(バロメーター)として人々の生活に溶け込んだ。言い換えれば、当時の人々は、今の人々以上に物質としての空気の存在を日常的に意識していたと思われる。19世紀に入ると、悪天をもたらす低気圧が数千km以上の広がりを持つ組織的な現象であることも明らかになり、気圧と天気の関係の解明が進んだ。

ニュートン以来の力学でよく知られているように、物体に働く力と運動は強く結びついている。教科書に出てくる「質量×加速度=力」という公式を単に暗記するだけではなく、気象のような身近な事柄に当てはめて素朴に実感して貰いたい。空気も質量を持った物質なのであるから、その動き、つまり風も「運動方程式」で説明できる。

地上気圧の分布が一様でない場合には空気には気圧の高いところから低いほうに押される力が働いている。しかし空気の運動は高気圧から低気圧に向って等圧線を直角に横切るのではない。このことは、川の水が地形の高いところから低地に向って流れていることとは違う不思議で面白い運動形態である。その理由は、1000 km以上の広がりを持ち、従って空気の移動時間が数日もかかるような大きな運動には、地球が一日で一回りの自転をしていることに起因する「コリオリの力(転向力)」が働いているからである。この力は運動している物体に横向き(北半球では右向き)に働く。その結果、気圧の差による横向きの力とこの転向力がほぼ釣合った形で、高気圧なら時計回り、低気圧なら反時計回りの風が吹く。天気予報解説の中でよく聞く「等圧線の混み具合で風の強さがわかる」というのはこの回転地球上の大規模運動として理解することができる。

さらに、このような風の吹き方には地面付近で摩擦の効果が働くので、風は等圧線に完全に平行とはならず高気圧側から低気圧側に少しだけ吹き込む。低気圧の中心に集まった空気は行先を失って上空に昇るしかない。つまり低気圧の中心付近には上昇流が生じる。梅雨前線のように冷たいオホーツク気団と暖かい太平洋気団が不連続に接する場所では暖気が寒気の上に乗り上げるからやはり上昇流が生じる。上昇した空気は気圧が下がることによる断熱膨張で冷えるので、含まれている水蒸気は凝結して雲となる。雲中の微小水滴は衝突を繰り返し併合して大粒となりやがて雨となって地上に落ちる。低気圧や前線が悪天をもたらすという現象はこのように様々な基本法則の組み合わさった結果として理解することができる。現在でも地上気圧分布図が天気図として日々の天気予報に活用されている理由は、気圧の場が地上付近の風の吹き方のみにとどまらず、空気の三次元運動、ひいては雲の生成を決める基本的な条件を表しているからなのである。

現在の天気予報(数値予報)では、このような様々な法則をもとに、数多くの地点での気圧や気温などの観測値から出発して地球全体での空気や水蒸気の動きを高速計算機で計算している。この場合大切なことは、個々の計算に用いられる方程式やその解法技術の詳細を知ることよりも、むしろ予測手段の根底にある自然法則の持つ意味とそれを応用活用することの意義を正しく理解することである。

個別的な技術は専門家に任せておいて差し支えない。科学の理解とは、このように一見素朴な物事のなかに自然法則の原理が働いていることを知ることにこそある。

 

【用語解説1】コリオリの力

あなたが、上から見て反時計回りに回転する円盤の中心に立っていたとしよう。そして円盤の縁にいる人にボールを投げる。だが、ボールが縁に届くころ、受け手は円盤とともに左に動いてしまっている。つまり、ボールは、あなたから見て受け手の右側にずれてしまう。もしあなたが、ちょうど地球の回転を感じないように、円盤が回転しているとは知らなかったとしよう。すると、きっとあなたは、「ボールを右向きに引っ張る力が働いて、ボールのコースが変わったんだな」と思うだろう。

本当は、ボールにはこのような右向きの力は働いていない。まっすぐ飛んでいるだけなのに、「自分は回転していない」というあなたの考え方と矛盾を出さないために導入された見かけ上の力、それがコリオリの力だ。大気や海洋の動きを考えるときは、ふつう、地球を基準にして、それと相対的に大気や海流がどう流れるかを考察する。つまり、地球は回転していないと考える。だから、高気圧や低気圧、ジェット気流、海流などを考えるとき、コリオリの力は大切な役割を演じる。

先ほど反時計回りの円盤を考えたのは、それが地球を北極側から見たときの回り方だからだ。つまり、北半球を考えたことになる。コリオリの力は、北半球では物が進行する方向の直角右向きに、南半球では逆に左向きに働く。したがって、高気圧を回る大規模な風は、北半球では時計回りに、南半球では反時計回りになる。

コリオリの力はとても弱い力で、ジェット気流や海流のようにスケールの大きなものにじわじわ働くのでないと、遠心力などの陰に隠れて出てこない。風呂の水を抜くとき渦の巻き方が北半球と南半球とで逆になるという話があるが、現実には、風呂の水程度の広がりではコリオリの力が出る幕はない。俗説である。

【用語解説2】断熱膨張

空気のような気体を押し縮めると、熱が外に逃げ出さない限り温度が上がる。逆に膨張させると、温度は下がる。ある気体の塊に注目したとき、その気体と周囲との間で熱の出入りが断たれた状態で膨張させることを「断熱膨張」という。現実に空気が上昇するときは、周囲との間に断熱材があるわけではないが、例えば積乱雲ができるような急な空気上昇のときは周囲と熱を交換するひまがないので、実質的には断熱膨張と同じで温度は下がる。

 

2.1.2 台風

西太平洋の低緯度で発生発達し北上する台風(熱帯低気圧)はメキシコ湾のハリケーンとならんで多くの人々に馴染みのある大気現象である。夏から秋にかけて毎年日本列島に接近あるいは上陸する台風は、様々な大気現象のなかでも他に類を見ない独特の特徴を備えているために現在でも多くの謎を秘めた興味深い研究対象となっている。過去の統計から言えば、太平洋域での発生数は年間約28個、本土への接近と上陸する台風はそれぞれ5個、3個くらいである。

気象衛星から撮影された日本付近の台風の画像を見たことのある人なら、その姿かたちから様々なことを想起するに違いない。

その一つは、台風を暴風雨や高潮のような災害をもたらす恐ろしい現象として警戒し進路予報などを頼りにして被害から逃れようとする受け止め方である。逆に、夏の日照り続きによる干ばつに悩む立場からは大雨によって水不足を解消してくれる自然の恵み、というプラス思考もあり得よう。事実、本州を中心にしてみれば日本の年間降水量に最も多く寄与しているのは梅雨よりもむしろ台風なのである。

これに対して、もう一つの異なった見方は、人間の社会生活と切り離して台風を純粋な自然現象として科学的に捉えることである。台風の衛星画像を見て、どうして地球上にはあのような半径が数百kmにも及ぶ巨大な渦巻きが存在するのか、その見事な美しさと大自然の造形の妙に魅せられる人も多いはずである。小中学生のなかには、いつかプラネタリウムで見たアンドロメダ星座の渦巻きに似ている、と連想を逞しくする子供達もいることであろう。もし「気象の不思議」という項目を挙げよと言われたら、台風が五指に入ることは間違いない。

熱帯海域で台風が発生する最大の要因は高い海水温とそれに伴う水蒸気の供給である。統計的には表面海水温が28 度以上であることが条件のひとつになっている。熱せられた水蒸気は上昇し高さ10 km以上にも達する積乱雲(いわゆる入道雲)となる。そのとき水蒸気の凝結によって放出される潜熱が台風のエネルギー源となる。積乱雲の集合体は熱帯偏東風のなかで渦を生み出し、中心の上昇気流を補うように周囲から吹き込む空気は地球回転の効果(コリオリの力)を受けて低気圧性の反時計回りの運動を強める。この発達過程は、台風が夏の太平洋高気圧の西側のへりを回るように北上し日本付近の中緯度に達するまで継続される。

このように台風の発生発達のおよその原理は理解されてきたが、実際の台風の構造が衛星画像に見られるように単純な同心円ではなくスパイラル・バンドと呼ばれる細かい帯状の雲の集合体であることからも想像されるとおり、台風内部での個々の雲の生成やその作用に関して未知の問題は多々残されている。そもそも半径が数百kmという台風のサイズを決めている原理は何か、と問われたら一言で簡単に説明できるまでには至っていない。それだけに奥の深い問題なのである。

一方、市民生活における防災の立場からは、台風の発達や進路を数日前から精度良く予測(予報)することが要請される。台風の予測手段としては通常の天気予報と同じく数値予報が用いられているが、中緯度の偏西風に乗って西から移動してくる普通の高低気圧や前線の予報とは幾つかの点で異なった問題が含まれている。

そのひとつは広い海上における観測の難しさである。如何に衛星観測が発達したと言っても、地上観測点における高精度の観測には及ばない。台風発達の要因が海面からの熱の供給とそれによる雲の生成であることを考えると、空間的に密度の高い観測網の必要性は台風の予測にとって大きな問題である。さらにまた、台風の内部構造に伴う大気の運動は太平洋高気圧や中緯度上空の偏西風(ジェット気流)のような地球規模の大きな流れの場と複雑な相互作用をもたらしている。大気渦運動としての台風の進路は、回転するコマがベルトコンベアに乗って動いてゆくような単純なことではない。ここにおいてもまた、人間社会の側から自然現象と対峙するとき現象の背景にある原理の理解を持つことの大切さが知られるであろう。

 

【用語解説3】潜熱

夏の暑い日に打ち水をすると、地面の温度が下がる。その理由は二つある。一つは冷たい水で地面が冷やされること、もう一つが、水が蒸発するときに地面から熱を奪うことだ。この後者が潜熱に関係する。水は温度に応じて固体、液体、気体の三つの状態をとるが、固体(氷)から液体、液体から気体(水蒸気)に変化するとき、熱を吸収する。例えば液体の水が水蒸気になるとき、熱を加えてはいるが、その時点では状態が変わるだけで温度は変わらない。加えた熱のぶんだけエネルギーは高まっているが、それがすぐさま温度の上昇という明らかな形で現れるのではなく、まるで「潜んだ熱」のように水蒸気に隠れている。同じ物質の「状態」が変わったことにともない出入りする熱。これが潜熱だ。逆に、水蒸気が冷えて液体の水になるときは、水蒸気に潜んでいた熱が放出される。だから、打ち水というのは、地球を「冷やして」いるわけではなく、地面の熱を潜熱の形で空気の側に移しているだけだ。打ち水から変化した水蒸気が上空で再び水に変わるとき周囲の空気は加熱されるので、打ち水は地球温暖化の軽減にはならない。

台風の内部で上昇気流が起き、運ばれた空気が冷やされてその中の水蒸気が雨に変わるときも、この潜熱が放出される。すると、その場の空気が暖められて軽くなり、さらに激しく上昇する。

ちなみに、「潜熱」と対になる言葉は「顕熱」。顕熱は、出入りの際に温度変化をともなう熱のことで、台風の例では、水蒸気が冷却されて雨粒になる際に、潜熱が顕熱として放出されて周囲を暖めたことになる。

 

2.1.3 気候とその変動

地球上の中緯度に位置する日本では、春夏秋冬の季節変化もまた日常の馴染みが深い。しかしこれもまた、「夏は太平洋高気圧に覆われるから暑い、冬はシベリア高気圧からの北西季節風が吹くから寒い」といった言葉の上の知識だけでは自然の摂理の理解には繋がらない。国際化が進んで地球上各地の気候に触れる機会が増えたいま、北欧やカナダの寒冷な風土、ハワイやグアムのような常夏の国々の産物などに代表されるように、地球全体の気候を考えるヒントは多々あるが、そこだけに留まらずもう一歩先まで、気候とは何かを考えてみるとその奥の深さが垣間見えてくる。

一方、気候の変化・変動に関しては、人間社会と関連した「地球環境問題」として現在大きな関心のまととなっていることも確かである。この問題については、次節の「人間と気候変動」で詳しく述べることとし、ここではその基礎となる地球科学的見地から、気候の問題を「熱のバランス」と「変動の実態」の二つの側面について考察してみよう。

机上に置いた地球儀に横から光を当てて回してみると、地球が太陽から受け取る光(熱エネルギー)は緯度によって大きく異なることがすぐわかる。或いは、気象衛星「ひまわり」の画像をみても、雲の形や振舞は緯度によってはっきりと異なっている。

地球の受け取る熱エネルギーは、太陽から来るエネルギーのうち可視光線を中心とした波長域のものが殆どである。一方、地球自身は地面海面および大気層の温度に応じた赤外線エネルギーを宇宙空間へ放出している。赤外線は人間の眼には見えないが、昼間に熱せられた石垣などが夜になっても少し離れた所からぼんやりと暖かく感じられることを思い出してみればよい。地球は赤外線を出すことによって自分自身の温度を下げる働きをもっている。天気予報解説の中で時おり使われる「放射冷却」がそれである。

この放射冷却の程度に直接関与するのが二酸化炭素や水蒸気などの大気組成濃度であり、赤外線が完全には宇宙空間に逃げ出さないため気温が高く保たれる現象が「温室効果」と呼ばれる。したがって大気組成濃度の精密な観測は、後で述べるように「地球の温暖化問題」の大きな課題のひとつになっている。

これらの異なった波長域のエネルギーのやりとり(すなわち太陽からの入射と地球からの射出)が釣り合っている。長い目で見て地球の気候が一定に保たれているのは太陽放射と地球からの放射の間に成り立つ「熱収支の平衡状態」として理解できる。科学の世界でエネルギーや質量の「収支:バジェット」という捉え方をするのは、一般社会で「予算や決算」を扱うこととよく似ている。

この考え方を地球全体に当てはめてみると、熱の受け取り方の小さい高緯度では加熱が放熱を下回り、逆に低緯度では受熱のほうが大きい。それならどうして高緯度側は今よりもっと低温になり逆に低緯度側は温度が上がっていかないのか。その緯度毎のアンバランスを解消しているのが地球規模の大気循環および海洋循環による熱エネルギーの水平(緯度間)交換過程である。しかし低緯度と高緯度の空気が完全に撹拌されて地球上の温度が一定になっているわけではない。地表で見ると赤道と極域の間に数十度の温度差を保った状態で落ち着いている。寒帯温帯熱帯という緯度分布は、このように放射収支の緯度別アンバランスと水平熱交換の兼ね合いで決まっている。

地球規模での大気の運動(つまり風の吹き方)について見れば、冷たい高緯度の気圧は低く高温の低緯度は高気圧だから先に述べた気圧と風の関係で中緯度上空にはジェット気流と呼ばれる西風が卓越する。その反対に、低緯度では中緯度偏西風と相補的な偏東風(いわゆる貿易風)が吹く。このように地球全体での風の吹き方にバランスがとれているのも、上に述べた運動量の「収支」という考え方に適合している。

地球全体の気候を考えるとき、もう一つ忘れてはならないものに雲の生成とその作用がある。気象衛星「ひまわり」の全球写真を見ればすぐわかるように、地球上の雲の分布は大きく分けて低緯度で東西に帯状に伸びているものと中高緯度で波状(渦状)に発達しているものとがある。雲は地面海面から蒸発した水蒸気が上昇して凝結して出来るものであるから、雲の発達と移動は地球規模での「水循環」を担っていることになる。

水が地球規模で循環していることは海流や大河の流れに限った話ではない。地上に降る雨の量は地域差が大きいが、年間降水量を地球全体で平均してみると約1000 mmである。ところが、いま頭上の空気全体に含まれている水蒸気を全部水に変えて雨として降らせたとしても高々25 mmにしかならない。このことは、個々の水蒸気分子についてみると、蒸発→雲→降水、というプロセスが年間に約40回も繰り返されていることを意味する。これを気象衛星画像に見られる雲分布と大規模風系による水平移動と組み合わせてみると「地球規模の水循環」のイメージが明確となろう。

雲はまた、日射が地上に達するのを遮ると同時に地表面からの赤外放射が宇宙空間に逃げ出すのを妨げる作用も持っている。わかりやすい喩えでいうと、気候における雲の働きは人間の着る衣服に似ている。衣服は陽射しの強い屋外での日射を遮るが、同時に発汗等による自分の熱を逃がす効果も抑えてしまう。この意味で、現在の地球の気候を一定に保つ上で水蒸気(およびその一形態としての雲)の果たす役割は大きい。火星や金星との比較において地球が「水惑星」と呼ばれる所以である。

上に述べたように長期間を通してみたときの気候は平衡状態を保っているが、日本なら日本という特定の地域でみれば、猛暑干ばつや冷夏多雨のように年毎のバラツキが見られる。しかしそれもまた自然現象のもつ変動の範囲内であることが多い。たとえば、俗に猛暑の夏として一般人の記憶に残るような年でも、8月の月平均気温からのズレは高々2度程度である。この変動幅は日本の夏の平均気温(約300 K)の1%以下に過ぎない。これは日本の夏の暑さをもたらす太平洋高気圧の中心位置のズレが、赤道から北極まで1万kmの中で僅か100 km以下(本州の横幅の約半分)の変動にしか当たらないことに対応している。このように、地球全体を大きな目で見直してみると日常生活とは違った視点の得られることも気候を理解する上で大切である。

同様に理科年表に載っている雨量などの平年値とはあくまでも過去30年の単純平均値であって、たとえば梅雨による降水量をみても毎年一定とは限らない。日本列島上で初夏の雨量が少ない年は実は梅雨前線の位置が少し南にズレて海上で雨を降らせているのである。地球全体で均してみれば、雲の全量や降水の総量は毎年殆ど一定と考えて良い。偶々自分が住んでいる場所だけで気候状態を判断するのは客観的な見方とは言えない。事実、ある年の日本の夏の平均気温が2度程度高かったというとき、地球全体を見ると、北米大陸やアジア大陸中部あたりで同程度の低温が生じていることが多い。このような地域別の気温偏差と、地球の平均温度が過去百年で0.6度ほど上昇しているという「地球温暖化」とは別のことである。

このような自然現象としての気候の「ゆらぎ」については、現在でも未知の問題が多く残されている。オゾンホールと並んで地球環境問題の主要な関心の的となっている地球の温暖化は人為的影響によるところが大きいと考えられているがそれがすべてではない。観測的に確かめられている過去一世紀以上にわたる気温変動の実態は、他にも火山爆発や太陽活動の変動など多くの過程が複雑に関与している。

 

【用語解説4】放射冷却

熱の伝わり方には、伝導、対流、放射の3種類がある。金属棒の端を熱するともう一方の端も温かくなるのは伝導のためだ。金属という物体の中を熱が伝わる。対流では物質自体が動いて熱を運ぶ。例えば、やかんで湯をわかしたとき。底を熱すると、温まった水が上昇して上部に熱を伝える。

もうひとつが放射で、物質を仲立ちにしないで熱が伝わる。焚き火から離れていても手をかざすと温かいのは、この放射のためだ。焚き火の持つエネルギーが可視光や赤外線などの電磁波として放射され、それが手に当たって再び熱に変わる。真空中でも伝わるから、太陽の熱が地球に届く。

地面は、大気に向けてつねに赤外線を放射している。もし雲があれば、雲からも地面に向けて赤外線が放射されるので、地面からの放射があるていど相殺されるが、快晴の夜だと熱は逃げていく一方で、とくに冬の明け方には厳しい冷え込みになる。

 

2.1.4 人間と気候変動

地球の気温は、大昔から温暖化と寒冷化を繰り返してきた。地球大気を温めているもとは、おもに太陽からのエネルギーだから、太陽を回る地球の軌道や、軌道面に対する地球の傾きなどが変われば、それに応じて気温も変わる。これにより約4万年、あるいは約2万年などの周期で寒暖が訪れている。

このような気候の変動にともない、大陸のどこかに氷河がある「氷河時代」、さらにその中でも氷河が拡大していく「氷期」、縮小していく「間氷期」が訪れる。現在は南極大陸などに氷河があり、しかも各地の氷河は減少傾向にあるので、私たちは氷河時代の中の間氷期に生きていることになる。

ただし、ここ20年ほどの間にマスメディアなどで盛んに使われるようになった「地球温暖化」という言葉は、このような地球の自然な気候変動を指すのではない。石炭や石油のような地中に眠っていた燃料を大量に使い、その結果、大気中に二酸化炭素が増えて温暖化が強まる「人為的な地球の温暖化」の意味で使われることが多い。

地球は太陽からエネルギーをもらって地面を温め、その熱を再び宇宙に放出する。もらうエネルギーと出すエネルギーのバランスで地球の暖かさが決まるのだが、もし大気がなければ、地表の温度は零下18度になってしまう。現実には地上の平均気温は約15度だから、大気のおかげで33度も気温が高められていることになる。これを温室の温かさになぞらえて表現したのが、「温室効果」という言葉だ。

太陽から地球に降り注ぐエネルギーは、目で見える光、つまり可視光で運ばれてくるものが多い。それで地面が温められるが、逆に地面から宇宙に逃げていく熱エネルギーを運ぶ主役は赤外線だ。大気中の水蒸気や二酸化炭素には、可視光は通しやすく赤外線は通しにくい性質がある。だから、地面が放出した熱エネルギーは大気にたまる。それで地球大気は暖かい。これが温室効果の原理だ。ちなみに、温室が温かいのは、おもに太陽からの可視光によって温められた空気が逃げていかないためなので、可視光と赤外線のバランスが重要な温室効果のメカニズムとは本当は違う。

先に述べたように、温室効果は自然な状態の地球にもともと備わった性質だが、自動車の排ガスなどで二酸化炭素が大気中に増加すれば、温室効果を人為的に強めることになる。これが、現在問題になっている「地球温暖化」だ。温室効果をもたらす気体は温室効果ガスと呼ばれ、水蒸気や二酸化炭素のほか、メタン、オゾン、フロンなどがある。

現在の大気中に含まれる二酸化炭素は、およそ360 ppm。ppmは「100万分の1」を表すので、360 ppmとは、空気を構成する気体の100万分の360、百分率でいうと0.036 %が二酸化炭素という意味だ。大気中に窒素は78 %、酸素は21 %あるので、それに比べると、二酸化炭素は非常に少ない。この微量の二酸化炭素が、温室効果を通して地上の気温を大きく左右する。18世紀の産業革命以前には280 ppm程度だった。ハワイ・マウナロア山で1958年に継続観測が始まったころには315 ppm程度で、その後も増加し続けていることが明らかになっている。このマウナロア山の観測は、気候の温暖化による地球の危機が叫ばれる前から地道に続けられてきたものだ。地球の観測は、いざ事が起きてから始めても、それ以前の状態と比較できなければその意義は大きく損なわれる。マウナロア山の例は、継続的な観測の大切さを端的に示すものだ。

人為的な地球温暖化が世界的な問題になったのは、1992年に地球サミットがリオデジャネイロで開かれたころからだ。もし地球が温暖化しているならば、大陸の氷河が解けて海に流れ込んで水位が上昇し、小さな島が多い国は大打撃を受けるかもしれない。他国の出した二酸化炭素で国土が沈んでしまうのだ。気温が上がれば、いまは熱帯などの暑い地域にしかない病気が、温帯へも広がるかもしれない。これらの危機を正確に予想するためには、現在の地球は本当に温暖化しているのか、そしてそれが人為的な二酸化炭素の増加によるものなのかを判断しなければならない。

その目的で設立されたのが「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」だ。IPCCは、大気中の二酸化炭素が増加することで起きる地球気候の温暖化について、各国が政府レベルで検討するための組織。国連傘下の世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が1988年に設立した。科学的評価、社会への影響、防止戦略をそれぞれ検討する三つの作業部会があり、その時点までに公表されている最新の科学的知見を評価して報告書をつくる。1990年の第1次評価報告書に始まり、2007年には第4次評価報告書が公表された。

気候のように複雑なシステムでは、事の因果を単純に言い当てることは難しい。大気中に二酸化炭素が増えると地上の平均気温が上昇することに異論を唱える専門家はまずいないが、逆に、1980年代以降に顕著になった地上気温の上昇が、人間の社会活動で排出された二酸化炭素によるものと断定できるかというと、それは話が別だ。実際に、この温暖化は地球の自然な変動の一環で人為的なものではないと主張する研究者もいた。しかし、第1次評価報告書ですでに、地球は温暖化しているとの評価をまとめ、第4次評価報告書では、20世紀後半以降に観測された温暖化は人間活動にともなう温室効果ガスの影響である可能性がかなり高く、また、世界のさまざまな研究グループが公表したコンピューターによる温暖化予測などをもとに、化石燃料に頼り続ければ21世紀末には気温が1990年に比べて4度上昇するという結論をまとめた。

第4次評価報告書によると、世界の平均気温は2005年までの100年間で0.74度上昇し、海面水位は20世紀の間に17 cm上がった。すでに暑い日や暑い夜、熱波、大雨の発生頻度は増えている。1970年代以降は、熱帯や亜熱帯で干ばつ地域が拡大し、しかも、より激しく長期間にわたるようになった。また、強い熱帯低気圧が1970年代以降は北太平洋でさらに強度を増していることも指摘された。

このような気候の温暖化による自然環境への影響は、すでに現れている。氷河の後退や永久凍土の融解、さらに動植物にとっての春の訪れが早まり、その生息域はより寒冷な地域に移ってきている。

もし、これからも石油などのエネルギーを使いながら世界の経済成長が続くという最悪のシナリオが現実のものとなった場合、先に述べたように21世紀末には地球の平均気温が1990年に比べて4度高くなると予想される。だが、この数字には予測手法などによって幅があり、報告書では最大で6.4度高くなる可能性も指摘している。この上昇幅は2001年に出された第3次報告書での予測を0.6度も上回るものだ。さらに、このような温暖化の進行により、並外れた暑さや大雨のような極端な気象が世界各地で増える。社会で「異常気象」と感じられる現象が増えていくということである。

科学は、これまでの知見に矛盾が出ないように自然の仕組みを説明する営みであり、将来にわたって不変な真実を述べるものではない。また、先端的な研究では、その知見の妥当性について評価が分かれることも珍しくない。このような状態では、国際政治は動けない。IPCCは、科学界が自らの内にコンセンサスを探り、それと国際社会とを結んだ画期的な試みだったともいえる。この活動に対してIPCCは、アル・ゴア元米副大統領とともに、2007年のノーベル平和賞を受賞した。

IPCCによる科学的評価をもとに、各国が対応策を取り決めたのが「京都議定書」だ。1997年の「第3回気候変動枠組み条約締約国会議」で採択された議定書で、会議が京都で開かれたためこのように呼ばれる。温室効果ガスの削減目標を、2008~2012年に各国が達成することを求めている。2005年に発効した。

ただ、温室効果ガスの削減は、各国の利害が絡むだけに先行きは不透明だ。二酸化炭素の排出を減らすには費用がかかり、経済成長にもブレーキがかかる可能性があるが、先進国は地球温暖化が世界的な問題になる前に工業化を終えたので、これらに配慮する必要がほとんどなかった。その一方で、いま工業的な成長の段階を迎えている中国やインドに温室効果ガスの削減を求めるのが本当に妥当なのか。現在の地球温暖化問題は、その主役の座が科学から政治と経済に移りつつあるといってもよいだろう。

 

【用語解説5】異常気象

気象庁は、その地点で過去30年に1度しか現れなかったようなまれな現象と定義しているが、マスメディアでは、豪雨による水害や干ばつなどで被害が目だったとき、気象庁の定義とは別に、やや主観的にこの言葉が使われることも多い。科学用語と生活実感とのズレを示す好例でもある。また、例えば、生活に支障が出るような夏の少雨が毎年続けば、実感としては「ここ何年か夏の天候が異常だ」と思うだろうが、気象庁の考え方だと、このような「異常」が続けば、それはやがて普通のことになり「異常」ではなくなる。科学用語としての「異常」と一般用語の「異常」は、同じではない。

【用語解説6】オゾンホール

南極上空のオゾンが春先の10月ごろに急減する現象で、象徴的に「地球を覆うオゾンの層にぽっかりと開いた穴」を意味してこう呼ばれる。高度20~25 kmのあたりにあるオゾン層は、太陽からの有害な紫外線を吸収してくれるが、1980年代ごろからオゾン量の減少が激しくなって国際問題化した。スプレー缶や冷房機の冷却材などに使われる「クロロフルオロカーボン(フロン)」が大量に大気中に放出されたことが原因とされ、1985年に採択された「オゾン層の保護のためウィーン条約」でフロン規制が始まった。