2.2 海と大気の運動のかかわり

海洋は大気に比べると、質量は約300倍、含むことのできる熱量はざっと1000倍にのぼる。したがって、地球の気候を支配するシステムの中で、特に気候の長期の変動になればなるほど、海の役割は大きくなる。いったん海が暖まるとそこに蓄えられた熱量は膨大なものとなりもとにもどりにくいからである。そこで、天気や気候に大きな影響を及ぼしている海と大気のかかわりを中心に、さまざまな角度から海の役割考えてみよう。

 

2.2.1 大西洋は塩辛いか

北太平洋と北大西洋の海面の塩分を比べると、北大西洋の方が平均して約0.14%高い(注:北太平洋は3.417%、北大西洋は3.545%)。この濃度はプロのシェフなら容易に分かるほどの差だ。海面の塩分は、蒸発と降雨や河川による淡水の供給の差、などによって決まる。貿易風は北大西洋から蒸発した水蒸気をパナマ地峡を越えて北太平洋に運び、それが雨となって北太平洋に供給される。一方、偏西風が運ぶ北太平洋起源の水蒸気は、北アメリカ大陸西岸の山地で雨となり、北大西洋には届かない。このように大規模な地形の配置が塩分の分布に影響していると考えられている。また、大気大循環のパターンも塩分に影響を及ぼしている。大規模な下降気流域にあたる亜熱帯高圧帯では降雨が少ないため、海面の塩分は寒帯より高いのだ。

 

2.2.2 風で引きずられる海水

では、この北緯40度付近を吹く西風はどのようなものか。これはすでに2.1で述べた偏西風である。これも気象と海とは密接に関係していることの一例である。そして北緯20度付近では東風(貿易風)が吹いている。これらの風が海流を作る大事な役割を果たしている。世界の海の大規模な循環の様子を、模式的に図1に示した。黒い矢印は海の表層の循環を表している。太平洋でも大西洋でも、海の西の端だけに強い流れがある。北太平洋の西の端の流れは黒潮、北大西洋は「湾流(Gulf Stream)」と呼ばれている。このような海流はどうしてできるのか。表層の海水は、主にその上を吹く風によって動かされているのだ。貿易風と偏西風は、北太平洋、北大西洋の表層の海水を時計回りに吹き回しているのだが、地球が自転していることや地球が丸いことによって、強い流れはこれらの太洋の西側だけに限られて形成される。黒潮や湾流は海流の中でも特に強い流れであるが、秒速は1~2 m、人間が早歩きするくらいの速さである。低気圧が発達すると秒速20 m以上で風が吹くのとは大違い。これは水が空気より重いこと、海が深いことに大きく関係している。いくら空気が海面をこすっても、流れはそんなに速くならないのだ。しかし1秒間に流れる水の量はナイアガラの滝の5000倍ほどに上る。黒潮は熱帯から寒帯へ熱を運ぶ大きな役割を果たしているのだ。そして北太平洋の水が、この表層循環に乗って北太平洋を一巡するのには、数年かかる。日本の南岸を流れる黒潮の水は、南の海から来るから温かい流れで、東北の東の海には、親潮と呼ばれる冷たい流れがある。日本付近の海流を図2に示してある。海中はとても流れがゆっくりしているので、見ていても流れているのがなかなか分からない。それに黒潮や親潮が流れているところまで行ったことのある人も少ないだろう。しかし、黒潮や対馬海流が西から流れてくることは、遠く中国から日本の沿岸に中国語で書かれた空き缶や産業廃棄物が漂着することからも思いを馳せることができよう。

図1 世界の海流[1]

海面を流れる海流(黒矢印)と深層を流れる海流(白い矢印)

○に×を入れた記号の場所は世界で一番重い海水が形成される海域

 

図2 日本付近の海面付近の海流[2]

 

2.2.3 塩辛い大西洋と深層の海水

高緯度の寒いところの表層の水が、冷たい風によって冷やされて、その下方の水より密度が大きくなると、対流が起きて、表層の水が沈み込む。大規模にそのような沈み込みが起こっているところが、世界の海に2か所ある。1つは、グリーンランドの東方、もう1つは南極大陸のウェデル海と呼ばれているところで、どちらも図1の中に丸で囲んだ×で記してある。どうしてグリーンランドの沖で表層の水が沈み込むのに太平洋では深層まで沈み込まないか、というと太平洋は2.2.1で述べたように塩分が小さいから同じ温度まで冷やされても塩分の高い大西洋の海水の方が重くなるのだ。そして太平洋は北がベーリング海でほとんど閉ざされているが、大西洋は広く北極まで続いていることも大事だ。にわとりと卵の関係になるけれど、大西洋の海水がグリーンランド沖で沈み込むので、湾流は北の方まで流れることができる(ひきずられるイメージで)。よってヨーロッパは緯度が高いのに冬でも暖かい。湾流が北まで流れるから、熱帯地方の塩分の高い水がグリーンランド沖まで到達できるのだ。

グリーンランド東方で沈み込んだ重い水は、深層まで沈み、図1に白い矢印で示したように、やはり大西洋の西の端あたりを通って、赤道を越え、ウェデル海から沈んだ水とともに、南極の周りを東に流れる。その一部はインド洋にも入りこむが、多くはニュージーランドの東を通って北上し、赤道を越えて北太平洋に流れ込む。北太平洋に達した水は、最初グリーンランド沖で沈みこんでから、2000年程度の時間を費やしていることが分かってきている。表層の水の動きは速いけれど、この深層循環の水の動きは大変緩やかなのだ。

 

【用語解説7】密度

ある決まった体積あたりの重さのこと。より正確には「重さ」ではなくて「質量」。地上で重さ1 kgの物体を宇宙の無重力空間に運ぶと、そこでは重さはないが、質量がなくなってしまうわけではない。質量はその物体に固有の量で、なくなりはしない。1 kgの「質量」を持つ物体が地球の重力によって引かれるときに生まれる地上での力を、私たちは1 kgの「重さ」と感じている。さて、水の密度は1 cm3あたり約1 g。だが、1 gの水は温めれば膨張して1 cm3より増える。つまり、1 cm3あたりの質量は小さくなり密度は下がる。また、水に塩を溶かすと密度は上がる。だから、海の水でいえば「低温」「高塩分」の水は密度が高く、「高温」「低塩分」だと密度は低い。だが、実際には「低温」で「低塩分」、あるいは「高温」で「高塩分」などという組み合わせもあって、それが海水の動きを複雑にしている。ちなみに、水は冷やせば冷やすほど密度が高くなるわけではなく、4℃で密度が最大になる。

 

2.2.4 エルニーニョ

エルニーニョとは、ガラパゴス海域からペルー沖にかけて、海面温度が数年に一度、大規模に上昇する現象をいう(専門的には「エルニーニョ現象」という)。スペイン語で「神の子」を意味する。

赤道太平洋では、通常の場合東から西へ吹く貿易風が、日射によって暖められた海水を西へ集めるので、それを補うため東部太平洋、ガラパゴスやペルー沖では、深いところから冷たい水が湧昇してきている(といっても一日にせいぜい数十メートル上昇する程度であるが、地球の引力に逆らって海水が上昇するのだから並大抵のことではない)。日本のはるか南、西太平洋の海水温は年間を通じて28℃以上もある。日本では最低気温が25℃より高い夜を熱帯夜と呼ぶことを、そして海水が空気よりも暖まりにくいことを考えると、どれほど熱いか想像がつくだろう。海水がそれほど暖かいのでその上の空気も暖かく湿っており、西太平洋にはおびただしい数の積乱雲が存在している。積乱雲が水温の高い西太平洋に集中していると、そこに吸い込まれる貿易風をさらに強め、海水温の東西のコントラストを支える相乗作用を持つ。さて、ここで貿易風が弱まったときの状態を考えてみよう。これがエルニーニョに対応する。東風の支えが弱くなったことにより、西側の暖水は東向きに流れ出そうとする。単純に考えると、暖水の流出により太平洋赤道域では西から東へ向かって海水面温度が上昇していく。(これまでのエルニーニョ現象発生時の状況を見ると必ずしもそれでは説明できないのであるが、詳しい話は抜きにしよう。)このような海水面温度分布の変化に対応し、活発な雲のできやすいところも暖水が現れた東方へ移っていき、普段雨が降らない地域で雨が降り、赤道域西側では小雨となるのだ。

それでは、貿易風が強いときにはどうなるか。このときには暖水はさらに西側へ蓄積して厚みを増し、水温も高くなる。東側では湧昇流が強化され、通常よりも低温な海水面が広く東西に拡大する。この状態はエルニーニョ現象と対比して、「ラニーニャ現象(La Nina event)」(特別な女の子)と呼ばれる。エルニーニョやラニーニャは5年から10年おきに起こり、例年とは異なる海洋や気象の現象を引き起こすのである。なお、貿易風が強まったり弱まったりするのは海水温度とも関連していて、地球規模の現象であることが分かっている。よくエルニーニョの年は日本では冷夏、インドネシアでは小雨、そしてアメリカやヨーロッパでもさまざまな特異な気象が観測されるので、異常気象だと言われるのだが、およそ5年おきに起こる現象なので、一方的に気温が上昇していく「温暖化」とは区別して考える必要がある。

 

2.2.5 海水は深いところが冷たく養分がいっぱい

海水は深いところが冷たいし、また植物が成長するのに必要な養分も深いところほどたくさん含まれている。海水の温度は浅いところほど日射を受けて高い。しかし海面から数百メートル潜ると、太陽光が届かなくなり、暖まらなくなる。したがって、おおざっぱに見れば、冷たい深海水の上に暖かい表層水が乗っていることになる。太陽光は植物が光合成するのに必要だから、海中の植物プランクトンも表層付近にしかいない。これを食べる動物たちも表層に集中しているのだ。そして彼らの排泄物や死骸が深層に運ばれる途中で分解していくので、深いところは養分が蓄えられる。ペルー沖ではこの養分をたくさん含んだ水が湧昇してくるのでプランクトンが多く、それを食べるカタクチイワシも多量に獲れるのだが、エルニーニョがおこると湧昇が弱まるのでカタクチイワシが獲れなくなったりするのだ。エルニーニョは気候ばかりでなく、魚の生態にまで影響を及ぼしている。

38億年前に、海水の中か海底の下で原始的な生きものが誕生したと考えられている。その生物は進化して、4億2千年前に陸に上がった。いまいる生物の体液の化学元素組成と、海水の組成とが似ていることから、生命が誕生した38億年前のころから、海水の主な化学成分の組成は、すでにいま現在の海と、そんなには変わらないものであったと考えられているのだ。

 

[1]日本海洋学会「海を学ぼう」編集委員会『海を学ぼう』東北大学出版会、2003、p.6

[2]日本海洋学会「海を学ぼう」編集委員会『海を学ぼう』東北大学出版会、2003、p.6