3.6 生命史と地球環境

生命が誕生してから38億年、生き物は長い年月の間に現在見られるような多様な形をとるようになった。その間にいろいろな出来事があり、多くのエピソードを生んだ。長い時間と大きい空間の中で、地球は複雑系として成立し、さまざまな変化を刻んだ。

ここでは、アイテムとして基本的なこと、面白いこと、知っていると楽しいこと、生活に関係あることなどを選び、共通するキーワード(いかに読み取るか、年代と場、変化、発見、生活との結びつきなど)と関連させて生命史・地球環境史の一端に触れる。その中に見られるルールを、ぜひ読み取ってほしい。

 

3.6.1 生命の誕生とその後

地球を特徴づける生命、その起源(いつ、どこで、どのようにして)について、19世紀半ばまでは自然発生説が信じられていたが、科学の発展に伴って否定され、その後、さまざまな考えが唱えられた。古くはダーウィンの「温かい水たまり」に始まる、原始スープに満ちたおだやかな浅海において「化学進化」が進んだとする考えが従来の主流であったが、一方、地球外から運ばれたとする考え、地球内部で生まれ、海へ出たとする説などがあり、何らかの形で粘土が関わっていると言われている。最近では、海底のブラックスモーカー(硫化物を含む熱水の噴き出し口)の近くで起こったとする説が有力になってきている。その年代は地球誕生後約8億年の、38億年前と考えられている。

しかし、これらのことは、いろいろな状況証拠を基にして、人間が論理的に組み立てた結果である。さまざまな考えがあることからもわかるように、すべてが証明されたことではない。それでは実際に生命(生物)の存在を示す「もの」、それから読み取れる「こと」の世界へ入っていこう。最近までに発見された、最古の岩石や化石など、それに続く生命の証拠となるものは表1のように整理される。

これらの化石の証拠は生物が原核生物(核やミトコンドリアのない原核細胞よりなる)→真核生物(細胞膜・核(核膜)をもつ真核細胞よりなる)→無殻無脊椎動物という発展の歴史を示している。46億年の歴史を現在の1年として表す地球カレンダーでは1億年が約8日、現在の1日は1260万年にあたる。ここまでの約40億年は地球の歴史の90%近く、11月半ばまでの、一年の大半ということになる。環境的な視点で見た重要な点は20億年前ころのらん藻の光合成により、酸素が増え始めたことである。

エデイアカラ動物群は腔腸動物(クラゲの仲間)や環形動物(ゴカイ類)、節足動物を含み、すべて殻を持たず、印象化石として発見されている。そしてその後、生物の大発展が起こる。5億4千万年前ころ(年代で言えばカンブリア紀の初め)、三葉虫と腕足類を主とする、殻を持った動物の化石が発見されている。生命史における大きな事件といえよう。

一方、不思議な生物群がカンブリア紀初期~中期の、カナダ、中国、グリーンランドの地層中に見られる。それぞれ、バージェス、澄江、シリウスパセットの動物群と呼ばれる。多くは硬い殻をもたない動物の化石で、きわめて多様な、奇妙な種類からなる。特徴は現在見られる動物のグループの先祖型が短い間に現れたこと、捕食動物を含むこと、脊椎のルーツともいえる脊索をもつ動物がいたことなどである。このような多様な動物の存在は従来のこの時代の化石のイメージを大きく変えるものであるが、このような形のものが保存のよさによって生まれた、本来の姿を示すものだろうと言われる。

 

表1 最古の岩石・化石とその後

* SiO2 の成分をもつ堆積岩

**らん藻と堆積物が互層したマット状の岩石

 

写真1 バージェス頁岩層の露頭(カナダ)

この後、古生物の世界では、脊椎動物が出現し(4.8億年前―地球カレンダーの11月25日、以下同様の表し方をする)、生物が陸地へ上がる(4.2億年前―11月27日)。

 

3.6.2 恐竜とマンモス

恐竜とマンモス、化石の世界の二大スターである。恐竜は中生代に栄えたは虫類で、そして中生代の終わりに一斉にいなくなった。一方、マンモスは最近の500万年ほど栄えたが、今では地球上から姿を消している。

2005年、愛知県で開催された日本国際博覧会(愛・地球博)は環境を主題とした博覧会であったが、マンモス化石はその目玉の一つで、多くの人が行列して肉つきの頭蓋骨を観覧し、その後の国内各地の博物館巡回展も大人気であった。一方の恐竜はかって日本にはほとんど出ないと考えられていたのに、1960年代から全国各地で産出が続き、福井県には恐竜専門の県立博物館が誕生した。1995年には三重県鳥羽市で大型の恐竜化石が産出し、話題を呼んだ。そして、2007年には兵庫県と福井県で大型恐竜が見つかり、発掘が続けられている。

恐竜とマンモス、この2つの化石の人気ものに共通するキーワードは絶滅したということ、珍しいこと、目立つこと、大きいこと、夢のある動物であること、などだろう。それぞれの特徴を簡単にまとめてみよう。

恐竜は、は虫類で、ワニやヘビの仲間だ。2つの大きなグループをまとめた呼び方で、現在までに知られている確かな属数は285、種数は366であるというが、未発見のものが多く、総計では900~1200属に及ぶといわれる。中生代(2.5億年前―12月10日~6500万年前―12月26日)に生息した。世界各地から産し、発見には多くのエピソードがある。陸地・水辺に棲み、草食、または肉食であった。最大長30 m、重さは50~80トン、二足~四足歩行をした。速いものは13~18 km/時で歩いた。寿命はよくわからないが、最長のものは120年という推定がある。6500万年前に絶滅した。ただ、最近では、羽毛のある恐竜化石が発見され、トリの仲間が恐竜の子孫ではないかという議論があり、もしそうであれば、恐竜は今に生き続けていることになる。

写真2 トバリュウ 右大腿骨(長さ1280mm)

マンモスは、哺乳類であり、ゾウの仲間である。1属3種であるが、普通マンモスと言うときはケナガマンモスを指す。新生代の500万年前~1万年前(12月31日午後3時ころ~午後11時59分)に生存し、例外的に3500年前まで生きた例がある。先祖はアフリカであるが、北極圏の周りの寒冷地域に生息した。シベリア・北アメリカ・ヨーロッパなどから多くの化石を産する。日本では北海道襟裳岬、島根県沖の日本海から発見されている。草原~森林に棲み、草食であった。最大高3 m、重さ10トンで、今のゾウなみである。四足歩行をした。絶滅の時期はヨーロッパで1.2万年前、アジアで1.06万年前である。

18世紀の初め、シベリアのコリムスクの近くで、永久凍土(ツンドラ)中に冷凍されて、全身が残った化石が発見された。発掘されてレニングラードへ運ばれ、研究された。胃の中には食べた植物(草原の草や実)が残っており(15kg)、生息環境が推定された。死因は崖から落ちて怪我をし、窒息死したと考えられている。

さて、実際恐竜とマンモスの一部の骨の化石を見て、私たちにこの二つの区別ができるだろうか。特に、部分しか見つからないときには非常に難しい。これまで、長い年月をかけて調査・研究が行われていて、その集大成としての知識を基として比較検討し、判断される。産出した地層の年代がわかれば、有力な手がかりになる。新しい化石の発見はデータを加えたことになり、それぞれの、より厳密な全体像を作り上げる上に役立つ。分類学的な意味だけでなく、古生態(生活のしかた)や古生物地理(どこに棲んだか、どのように分布を広げたか)なども復元される。古環境の復元に役立つことは言うまでもない。

恐竜とマンモスは、は虫類と哺乳類、しかも多様さは285属と1属のように違い、生存していた時代や場所にも違いがある。このように違うのに、博物館で、新生代の哺乳類化石(例えば日本の代表化石、デスモスチルス)を見て、恐竜と勘違いする人もいる。

絶滅という共通点について見てみよう。恐竜の絶滅は地球史においても大きい意味をもっている。恐竜の場合は飛来した巨大隕石が衝突し、塵が大気中に舞い上がり、地球を覆い、太陽の光を妨げ、そして気候の変化(寒冷化)を引き起こした。食物となる植物が死滅し、恐竜を初めとする多くの生物が生きられなくなって、絶滅したとされる。ここで注意しなくていけないのは、絶滅の時間の長さである。現在の私たちの感覚では、数日、あるいは数年と捉えがちだが、決してそんなに短い時間ではない。それは100万年のオーダーの時間であったろうと考えられる。

図11 地質年代区分

こうした絶滅はこれが最大のものでなく、地球史の上ではこの規模のものが5回、さらに小さい規模のものが8回もあったと言われている。その規模、形、絶滅した生物の種類などには違いがある。関連する環境変動もいろいろで、無酸素事件、気候変動、海水準低下、隕石衝突(恐竜の場合)などがあげられている。変化する、変動する地球というイメージはここでも見られ、こうした絶滅事件は、地質年代区分に現れているのだ。

マンモスの絶滅は小規模で、上の中には入ってこない。時間的には数千年で絶滅したことがわかっている。気候変動(温暖化)により、植生が変わったことが原因としてあげられるが、人間による狩猟が一番の原因と考える説もあり、病気を原因のひとつとしてあげる研究者もいる。絶滅の後には新しい地球環境が生まれ、そこに適応した新しい生物が勢力を拡げる。いわゆる、生物の大放散が起こるのである。恐竜が絶滅した後、それまで小さなグループとして生存していた哺乳類の仲間(小動物が多い)がその後(新生代)に大きく発展するのはその典型的な例である。

 

3.6.3 ヒト:ラストランナー

ヒト(人類)の起源とその後の広がりは最近、新しい化石の発見と遺伝子レベルの解析の進展、さらに石器の研究も進んで、大きく変わってきた。しかし、議論は必ずしも、終わっているわけではない。ヒトの特性はまず直立二足歩行することであり、これに伴って手を使うこと、道具を使うこと(労働すること)が始まり、こうしたことが脳の発達を促し、社会生活をするまでに至った。

ヒトの祖先が生まれたのはアフリカであり、600万年前~700万年前のことである。最近ではもっとさかのぼるという。それでも地球カレンダーでは12月31日の午前から午後へかけてのことである。ヒトの進化の原因としては、気候の乾燥化の仮説がある。アフリカ-ヨーロッパの間で、地中海が干上がり、乾燥気候が生まれた。このことから森林が草原(サバンナ)に変わり、森の住人であったヒトの祖先は草原へ適応せざるを得なくなった。その結果、二足歩行が始まったというのである。

昔のチンパンジーから分かれたヒトの祖先は猿人としてまとめられているが、その最後の猿人(アウストラロピテクスの仲間)から、250万年前頃に、アフリカで原人が生まれた。ホモ属の始まりである。170万年前ころ、原人はアフリカを出て、ヨ-ロッパ・アジアへと拡がってゆく(第一次の拡散)。ジャワ原人・北京原人はアジアへ移り住んだ原人である。この時期は第四紀と呼び、氷期・間氷期が繰り返していた、いわゆる氷河時代であった。苛烈な気候条件の中で、どのように移り住んだのであろうか。これらの原人はさらに旧人(例えばヨーロッパのネアンデルタール人)へ、さらに新人へと進化する。

新人は狭い意味での、ホモ・サピエンスで、現代人の直接の祖先と考えられているが、20万年前~10万年前アフリカで生まれた。10万年前ころ、原人と同様新人もアフリカをあとにした(第2次拡散)。その道には北ルート(北アフリカ→西アジア→ヨロッパ)と南ルート(東アフリカ→アラビア半島→南アジア)があったと考えられている。南ルートは北ルートより遅い時期だったが、さらに拡散して、東南アジアからオーストラリア(6万年前)、太平洋の諸島(1500年前)、日本(3万年前?)、そして東シベリアから北アメリカ、さらに南アメリカ(1万3千年前)に及んだ。時間をかけて、だんだんと移動したのである。この時期は最終氷期が始まり、寒冷化が進行したときである。気候の変動に伴う植生や動物相の変化が起こり、海水準の変動があって、移動を易しく、あるいは難しくしたと思われる。住みよい場所を求めて移動したのか、冒険心に富んでいたのか、想像するだにロマンのある話である。

日本への移動はいろいろな時期にいろいろな経路を通って行われた。北からのグループと南からのグループがあったと考えられるが、縄文人→弥生人という単系でなく、それぞれ異なるルーツをもつ両者が交わって生まれたと考えられている。

世界的にみたとき、人口動態は時代と共に大きく変わった。100万年前-12.5万人、1万年前-約500万人、500年前―3.5億人、16世紀-5億人と増加が推定されている。現在は67億人、2020年には140億人になるだろうといわれているが、すごい増え方である。

 

3.6.4 石油と鉄

鉄や銅などの金属、石炭・石油などの化石燃料は紀元前から人間によって、道具の原料・灯火・医薬などに使われてきた。18世紀半ばに、イギリスで始まった産業革命は人間の生活を大きく変えたが、その基盤となったのは鉄と石炭である。石油は1859年に採掘が始まり、20世紀に入ってガソリンや重油を使う動力用のエンジンが普及し、需要が増えた。自動車の発達はそれに拍車をかけ、20世紀の半ばにはプラスチックとしての需要も増え、天然ガスも含めた化石燃料の使用は増加の一途をたどっている。これらの地下資源は地球が与えてくれた宝物であるが、その起源には生物が関わっていることも多い。石油と鉄の例を見てみよう。

石油の起源には無機説もあるが、現在では石油のもとは生物の遺骸であると考えられている。それらが水中に堆積して岩石となる過程で、その中の有機物が重合してケロジェン(油母)と呼ぶ複雑な構造をもった高分子となり、岩石と共に地中深く埋没し、地熱の作用を受けて分解して石油が出てくる。その石油は地層の中を移動し、それをとらえるトラップと呼ぶ構造(例えば地層が上方へ湾曲した背斜)があったとき、そこにとどまる。石油を含む、隙間の多い岩石(貯留岩)の上に隙間の少ない帽岩があると、外へ逃げ出さないで、鉱床となる。

石油のある場所は限られている。上に述べた条件、堆積岩(中生代ジュラ紀以降が主、それ以前の地層には残っていないことが多い)があること、熟成反応が進行する、十分な時間と熱があること、石油が逃げないような地質構造があることが必要である。条件が十分にある中東、シベリアそしてアメリカに世界の、石油・天然ガスの三分の二が埋蔵しているといわれる。

このように石油の起源は生物であるが、探査にはまた微化石が利用される。地質構造をとらえるためには対比(離れた場所の地層の同時性を決める)という作業が必要で、それに、有孔虫や放散虫(原生動物)、珪藻などが利用される。化石を使って化石起源の物質を探すのである。

鉄鉱石の起源は火成性(マグマから由来)、堆積性(水の作用が関係する)、変成性(熱や力で既存のものが変わる)とさまざまであるが、現在の鉄鉱石の採掘の約80 %は堆積性の鉱床である。その産地にも偏りがあり、古い時代の地層や岩石のあるところが多い。オーストラリア、アメリカ、カナダ、インド、ブラジル、アフリカなどにある、縞状鉄鉱層と呼ぶ、鉄分とシリカ(SiO)が互層している地層である。先カンブリア時代で、20~25億年前ころが多い。その起源は海水中にあった還元状態の鉄成分が、生物の光合成によってつくられ、供給された遊離の酸素と化合して酸化鉄となり沈積したのである。一見生物とは無関係とみえる鉄も、地球の歴史の上ではその起源において生物と深い関係にあった。

地下資源は人間の生活を豊かにし、今やなくてはならないものになった。しかし、こうしたものは採掘すれば減少し、なくなってゆく。特に化石燃料は有限である。最近のデータによると、石油の可採年数(いつまで採掘できるか)は期待を含めて約60年であり、天然ガスもほぼ同じである。類似資源(オイルシェールやオイルサンドなど)では約220年といわれる。エネルギー資源として、メタンハイドレード、水力・風力発電など、バイオエタノールなどもあるが、人間の使うエネルギーをとてもまかないきれるものではない。これから先どうなるのか、人間の知恵、科学の力によってエネルギー問題を解決しなければなるまい。

生き物ではあるが他方、違う存在となったヒトはこれから先、どこへ行くのだろうか。気になることである。

【コラム3】自然科学系の博物館(ミュージアム)へ行ってみよう

授業や読書の折に、あるいはテレビを見たりしたときに、もっと何かを知りたくなることがある。より多くの知識がほしいのであれば、図書館やインターネット検索を利用して調べることができる。しかし、私たちの好奇心はそこにとどまることなく、本物を直接見たり、実際に実験をしたり、自分自身でやりたいと思ったりする。それには、全国各地にある博物館を利用するのがよい。博物館といっても、学校理科や科学に関係している施設として広くとらえると、自然史系の博物館、科学館、技術系の博物館、動物園、植物園、水族館、公開天文台、プラネタリウムなどがある。これらのどこでも、自然をつくっているものや自然で起る現象を、すべてではないけれども時間空間をこえて体験することができる。それらは、自然を知るまたは考えるときの入口のようなところなので、科学の面白さと触れあうことができる。

自然史系の博物館は、むかし博物学といわれていた分野、鉱物や化石および動植物などの分類展示をしているところと思われるかもしれない。しかし、いまでは最近の地球科学や生命科学の発展を反映させながら、初期生命から三葉虫や恐竜などを経て人類に至るまで、発展・絶滅を繰り返してきた生物界の変遷について、化学進化、機能形態、寄生や共生、環境変動、大陸移動なども含めて、展示が工夫されてきている。そこは私たちと地球生命史をつなぐ場となっていて、数十億年前まで遡る時間旅行ができるといってよい。自然史系の博物館は生物の多様性を理解する上でもよいところであるが、その生きているさまを楽しみたければ動物園や植物園がよい。そこでは、世界旅行に出かけなくても、いろいろな気候下の生物の世界をかいま見ることができる。また、海中散歩したければ水族館に出かけるのがよい。

私たちは、地球にへばりついているだけでなく、公開天文台やプラネタリウムを利用すると、太陽系からさらに宇宙に飛び出すこともできる。天体望遠鏡で実際に星を観察するたびに、自分たちが生きている世界の不思議さを感じないわけにはいかないだろう。プラネタリウムでは、天体の運行の面白さを学びながら、ときには昔の人たちが想像した神話の世界まで入って遊ぶことができる。一方、自然の中の物理現象や物質の化学については、科学館や科学技術館がその秘密を知る手がかりを与えてくれる。自動車やテレビやコンピュータをはじめ、私たちが便利に使っているいろいろな道具のほとんどがブラックボックスとなっているが、技術系の博物館では作動する原理を理解することができるに違いない。

このように、博物館は学校や家庭では得られない情報をたくさんもたらしてくれるところなのだが、博物館自体が動けないので、みなさんが足を運んでくれないと役に立たないという欠点がある。多くの方々に来てもらいたくて、どの館でも工夫をこらしたイベントを企画するものの、広い範囲に広報されているわけではない。ぜひ博物館を利用しつくすために、まずどこにあるかを調べ、自分が住んでいるところの近くから順々に訪れてほしい。

参考:全国科学博物館協議会のホームページ

http://jcsm.jp